NO LIFE

「○○さん、手帳忘れてなかった？」

この声に私は一瞬我を忘れることとなった。
手帳？そうだ、私は給湯室で手を洗った時には手帳を持っていた筈だ。
だが、その手帳は今、私の手にはなく、社内で一番のスピーカーだと
言われる鈴木さん（仮名）の手にある。

しまった

そう、私はあろうことか手帳を女子社員達の古来の聖地、スキャンダル
の全てがここから暴かれるという、恐るべき角部屋、給湯室に手帳を忘
れてしまったのだ。

「誰のか判らなかったから、色々見ちゃった」

と、全く歳に似つかわしくないトーンで、何やら含みをもった言葉と共
に手帳をポンと私の手に残して行った。
私は「ありがとう」も言えず呆然と佇むしかなかったが、我に返り踵を
返すとすぐにデスクに走った。

見られてしまったのか？
いや、直接そのことは書いていない。
判る筈が無い。

私はこんな事もあろうことかと、日頃から手帳にプライベートな事の記
入は極力避けていた。
例えば旧友との飲み会があったとしても、手帳にはイニシャルを残すく
らいだ。まさかそれがキャ○クラだとしても（例えそうだとしても）、
私はそんな痕跡は微塵も残していない。

そうだ大丈夫
この釣りに行った日を記したハートマークの意味など判る筈も無い。

私はそう安堵すると、また給湯室へコーヒーを作りに行ったのだが、入り
口の所で私の名前が聞こえ耳をすました。

鈴木（仮名）「ねえ、○○さんの手帳が忘れてあって見たんだけどさ、毎週日曜日
　　　　　　　にハートマークがついているワケ、なんだと思う？」
Ａ子　　　　「えー、もしかしてアレ？」
鈴木（仮名）「やっぱりそう思う？」
B子　　　　「やだー！きもちわるーい」
鈴木（仮名）「やだー、私数えちゃった。なんと２月から５１回よ、５１回！」

全員　　　　「きもーーーい！」


ありがとう相棒